カテゴリー別アーカイブ: 願う

いつかクロモリ。

きのうは。
家呑みだったんだけど
買い物行く途中でふと思い出して
新しくできた自転車屋に寄ってみた。
いつかは買いたいのだ、と言うと
いろいろ説明してくださり。
選手の名前、チームの名前、
そして次は自転車メーカーの名前なんかを
チェックしはじめてるあたしには
「はいはいそれ聞き覚えあります」
的な話でエキサイト!
で、気になるキーワードに遭遇。
サクリファイスでもでてきた
「クロモリ」。
あたしの「美しい」と思う自転車のイメージは
これだった。
素材としてはちょっと
「時代遅れ」らしいのだけど
だけど存在しつづける理由が
いろいろあるのだと。
いいね、そういうの好き。
店長O野さんの説明通り
スポーツ感丸出しじゃなく
色も抑え目でいい感じ。
おすすめですよ、と教えてくれた
オーダーの自転車は
相当するけど
目標に掲げるのにはいいかもしれない。
あれ欲しいからがんばる!
みたいな。
美しい自転車を
美しく乗りこなす日を夢見て。

終わらない歌を歌い続けよっ!

土曜はバンドの練習で。
そろそろ川崎に向かうかと
仕事を片付け始めた頃
入院中のギタリストKージーからメール。
「外出許可でた!」
前呑みを始めてる
VoMキとBassトリちゃんからも
連絡が入り、駅近の『いさりび』へ。
いつものバカ話で盛り上がる中
Kージーが来ないので電話してみると
力ない声で
「そこちょっと遠いから、スタジオ直接行くわ」
え?遠いって5分くらいだよ?
その後合流したVoYスと
スタジオ用のビールを買って
スタジオにたどり着くと
ちょうどKージー到着したとこ。
もともとやせていて
病気してまたやせて
今回の治療でさらにやせて
文字通り骨と皮。
息を切らしつつ
「スタジオ、遠かった・・」
って小さな声で。
ほんの数分のところにある
病院から小さなエフェクターボードを
持って歩いてきたらしいのだけど
「歩くの3週間ぶりで」
って。
そっか、ごめん、迎えに行けばよかったね。
「さすがにギターは病院に持ち込めないから
レンタルするわ・・・」
「わかった、どのギター?
それも持つから貸して!」
ふらつくKージーをエレベーターに載せ
9Fのライヴハウスに着く。
あいていれば
スタジオ代わりに使わせてくれるココ、
実はKージーが元気そうだったら
急遽ライヴやってもいいね。
なんて話もしてたんだけど。
立ちながら弾けるような状態でもない。
「姐さん、これ」と
マーシャルのコンセントを渡され
ボードの用意もしてあげると
「病気だとみんなやさしくていいな」
なんてのん気なこと!
ひとりお客がいたせいもあって
新しい曲にあきたら
やっぱりブルーハーツをご披露。
すわりながら
力なく音を出すヤツだけど
いつものようにちょいはにかみながら
ギターを弾くKージー。
前日までは外出禁止だったのに
ねばって出てきてくれて。
家に帰るより何より
あたしらのところに来てくれて
一番やりたいことがこのバンドだなんて。
帰りがけにVoのYスが
「俺、終わらない歌とか歌う時
泣きそうになっちゃったよ」
っていうから
「うん、ほんと終わらないといいよね」
って。
そんなくさいことも真顔で言い合える
いいメンバーなんだ、彼らは。
だから大丈夫。
Kージーは絶対。

届け!ロックな気持ち

土曜は。
風が強くならないうちに、
と土曜にしては珍しく
10時には出社。
普段やる気にはならない
ちょい先納品の仕事に
手をつける。
ランチには
いつものカレーを
『Hinata-ya』に食べに行こうかと
思ったけれど
雨の中の徒歩10分が嫌だったのと
自作カレーでカレー欲は
満たされていたので
どうしようかな、って。
と、会社から一番近い店のプレートに
「大粒カキ」の文字。
むむ、
これは素通りできん。
ということで
大粒のカキの和風パスタ
にしました。
この店、二回目なんだけど
とにかく量が多すぎ。
貧乏性だから残さず食べるけどね。
それにランチのくせに1100円
だなんて、ちょっと贅沢。
だよね。
たしかに大粒のカキが6個も7個も入っていて
小松菜とからまって
とても美味しい。
和風だったので
先日のカルボナーラに比べれば
「過ぎた」感はなかったけど
ポテサラののったグリーンサラダに
はまぐりの汁までついちゃって
学生の町じゃないんだし
どう考えても多すぎだと
思うのですが。
まあでも
会社から一番近いから、と
妥協する店がこんなクオリティって
ある意味ラッキーな話でも
あるんだけど。
それから午後いっぱい
台風情報をちらちら見ながら
お仕事お仕事。
そっか、東海道止まってんねや・・
こっちの雨はそうでもないのになぁ。
今降ってなくても帰れなくなったり
すんのかな~
うーん、どうしよどうしよ。
迷いつつ、もうでかける時間になったので
とりあえず主役の体調を尋ねると
どうやら元気そう。
ならば行くか。
来週(今日)から入院して
大きな治療をするやつのための呑み。
言いだしっぺはあたしだし
いざとなったら早めに帰るってことで。
駅に行ってみると
見合わせていた運転も再開、
との情報が流れてくる。
なんだ、もう通りすぎたんだ
台風。
てなわけで
雨にも風にも見舞われず
無事川崎で呑み。
群馬に帰ってるベーシストは
来られなかったけど
家庭のあるやつらも集まってくれ
病気の話もちょっぴり突っ込んで聞けた。
酒は呑めないし
箸がうまく使えないせいか
つまみにもあまり手が伸びていなかったけど
何より「俺、病院以外で
今週でかけるの初めてだし、うれしい」
と、言ったやせこけたリーダーの笑顔に
少しだけほっとする。
今日から始まる治療は
相当体力を奪われるのだとか。
でも
腕もどうなるかわからないけど
まだバンドやりたいからって。
家族でもないうちらに
何ができるかねーと考えてたんだけど
気力を支える薬くらいになら
なれましょうか。
でももしかして・・・
これぞロック!!

笑いというクスリ

きのうは。
夕方から下半身が
じんじんし出して
頭痛も少し。
ビタミンBが足りない!という
☆が最近話してくれた状況に
似ていなくもない。
「そっか今日はぶた肉でも、、、」
本屋に寄って
自転車レースの本を
物色するも
イマイチ決め手にかけ
靖国通りをぷらぷら歩いて帰ることに。
体だるいせいか
気持ちも弱り
「はー孤独だわー
家帰っても誰もいないし。
ひとりでごはん作って・・」
なんて落ち込んでいたら
バンドのメンバーからメール。
先日来、気になっている
ギタリストの体調のこと
ほかのメンバーもいろいろ
聞き出してくれて。
思った通り、やさしいやつら。
「みんなスケジュールどうにかして
ライブやろうよ」って。
そのあと本人からも
電話があり
メンバーからのアプローチに
テレながらも「ちょっと
うるっときちゃったよ」って。
そうだーがんばろー。
がん経験者に治療のこと
聞いたらば
「一番の治療法はね、’笑い’だよ」
ってさ。
いつもくだらないことばっか言い合って
笑ってばっかりのうちのバンドは
いいクスリなんじゃん!
実は家帰って
熱測ったら38度近くあって
あたしも人のこと言ってる
場合じゃなかったんだけど
なんかね、気持ちは救われた。
で、結局薬飲んで寝たら
熱は下がり
今日は体調もよく、なんだけど。
今日も笑って暮らすか。
手ごわいヤツもこれで
なんとかしようぜ!

宣告の土曜日

土曜は。
夕方から川崎に行く
つもりだったので
平日なみの時間から
活動開始。
ふとん干して洗濯して
9時半には出勤。
昼は☆といつもの
『Hinata-ya』でカレー。
いつもより辛く感じたのは
まだちょっぴりノドが
痛んだせいか。
16時には会社を出て
江戸の文華」という展示を見に。
実は今担当している
江戸本の仕事、こちらの大学の仕事で。
浮世絵の展示のほか、
戯作を中心に正に自分が日々
手にしている本たちが
ガラスケースの中に収められてる。
うわーやっぱあたし
かなり貴重な仕事
させてもらってるんだわ。
版画が好きなので
浮世絵も結構好きなんだけど
今までは本の形態をしているものは
それほど熱心には見ていなかったのに
やはりこれだけ目にしていると
自然見るところも違ってきて。
あ、この画師だ、また。とか、
年代は・・とか。
かなり無理なスケジュールで
やっているけれど
ガラスケースの中身に触れることのできる
貴重な時間を大切にしようって。
あらためて。
しかし
これだけのコレクションを無料公開して
図録を全員に配布って
どうなってるんでしょう?
展示もすばらしかったけど
こういう姿勢ってすごい。
川崎お近くの方には
おすすめです!ぜひ。
さて
そのあとは元祖と合流して
『半分食堂』へ。
うちのバンドのリーダーも
呼び出して三人で呑み。
このリーダー、
肺の片側をとってしまうという
大手術をしてから
体調がすこぶる悪いらしく
今は療養中なのだ。
バンドの練習で
二ヶ月に一回ぐらい顔は合わせるけど
いつもバカ話に終始して
実のところはどうなってるのか
気になっていたので
川崎で介護の仕事もしていて
医療にはあたしより
ずっと明るい元祖にも
何か手伝ってもらえないかと
そう思っての会合
だったのだけど。
話してみると。
ただ漠然と
「死んじゃうんじゃないか」
ぐらいの考えにしか
及ばなかったのだけど
事態はもっと現実的で
なかなか厳しい状態だってことが
わかって。
病気のこと
治療のこと
仕事のこと
家族のこと
知らないことばかりで。
何より驚いたのは
右腕がほとんど動かなくて
一時は切断という話があったとか。
それも完治したわけではなく
今は騙し騙しつきあっていて
いつ動かなくなっても
おかしくないのだとか。
何言ってんのー?
ギタリストじゃん、あんた。
それに
二人で一人前のギタリストだし
あたしたち。
そう、彼の腕はあたしの腕のようでも
あるのだ。
もう!
なんでスタジオで平気な顔で
弾いてんのよ。
信じられん!
「前よりはいいんだよ。
たまに痛むけど。
でも弾きたいじゃん、
弾けるうちに」
そんな現実をつきつけられて
なんでこの人は
笑っていられるんだろ。
なんでいつもと変わらず
いてくれるんだろ。
そのことがショックというか
理解できなくて
今も呆然としています。
今はかなり弱っているので
とにかく療養、という時期らしいけど
何かできないのか、あたしには。
そして
彼とは違って
健康で仕事にも恵まれているあたしは
どのように生きてゆくべきなのか。
考えているようでいて
やっぱりまだ
呆然としているような気がする。
恐くて考えないようにしているのかもしれない。
なんなんだ、あたし。
生きろ!ちゃんと。

おいちゃんの最期に

母の兄が亡くなった、
との連絡が来たのは
金曜の仕事中。
あたしが記憶してる
子供の頃の夏休みには
すでに全盲で
鍼灸師をやっていた
おいちゃん。
母の兄たちはみな
豪快で酒呑みで明るい人たちだったけど
その中でも気後れせず意見を言って
存在感のある人だったと
記憶している。
目が見えない分
きっと人には見えないものがいろいろ
見えていたのだろうと
聞いてみたい気持ちもあったけど
両親の郷里には
子供の時以来
行く機会も余りなくなって
今となっては残念な気がする。
今日はお通夜、
下関からちょいと東京にも
ふらっと寄ってくれるかしら。
母から
「あんたの香典は立て替えとくわよ」
というメールをもらい
兄弟に「弔電打つ?」と
メールしてみた。
一緒にどお?というつもりで。
と、兄からすぐ
「うちは別にするから」
との返事。
あーそうか。
そうだよね。
あたしが結婚していた頃だったら
そんな相談もしなかった。
あたしにも「うち」がある時は。
それを失った今
自分ひとりで「うち」
だという意識を持たなくては
ならないんだということ。
そんなことをあらためて
思い知らされた気がして
ちょっとした衝撃。
兄や弟になんか興味ないし!
と言っているのは
いつもあたしの方なのに
それならそれであたしは
ちゃんと「独立」しなくちゃ
いけないんだって。
してるつもりだったのに
いざとなったらこれかよ、自分。
そんな思いを持った。
ただ
忘れた頃に
「で、どーする?」
なんて無邪気に返信くれた
弟の末っ子らしいセリフにも
笑ってしまい
「別にするんだよ。あて先は・・」
と、姉の顔でメール。
でもこいつもこれでいて
ちゃんとヒトノオヤだもんな。
でもこういった気付きは
ゆっくり話すことはできなかった
おいちゃんからの最後の
メッセージだったのかな。
ちょうど
shindouさんとこで
梅さんのおじいちゃんとか
今朝のテレビで浅田家や
児島でジーンズ作ってる家族とか
そういうもの見たりして
いろいろ思うところはあって。
うちはかなり
他人行儀な家族で
お互いに泣き言を言ったり
秘密を打ち明けたり
そういう相手では
決してなかったと思う。
だから仲のいい家族というのには
あこがれるのだけど
それはまだあたしにも
チャンスがあるのだから
がんばらねばならないのに。
目先の楽しいことに溺れて
逃してしまうんでしょうか。
こういう自問が繰り返される。
だけどだからと言って
酒飲まずにまっすぐ帰って
家でテレビでも見ていれば
「運命の人」が現れるのか?
年相応の服装して
おとなしく電車に乗っていれば
王子様が声かけてくれるのか?
この言い草がすでに
ダメなのかねー。
でもあたしつきあったら
結構かわいいですよ!
と、わかんねーけど
世界に向かって書いとこ。
ってことでよろしく!
あれ?これでいいのかな、おいちゃん。

ひとつずつクリアにしとこ。

きのうまたひとつ
年をとった。
そのこと自体はまあ
どうでもいいのだけど
いろんな人がメールをくださり
アリガトな気分。
とはいえ
ひとりメシはいやなので
元祖と川崎で会う約束を。
待ち合わせの雑貨屋さんに行くと
店主のありんこちゃんが
「姐さん、おめでとうございます!」
って。[#IMAGE|c0049455_0333121.jpg|201005/02/55/|right|120|200#]
びっくりした!
彼女、覚えててくれたみたいで。
宝石箱の中に入っていたのは
彼女の手作りのネックレス。
「姐さんぽくしてみました」
って、使われてる色や柄の感じが
すごくいい。
彼女はすごくって
今、椅子に絵を描いてるって。
店先に置くために
書き始めたらしいんだけど
イームズですよ→
いやーうちの壁にも
落書きしにきて欲しいよ。
元祖と合流して
駅の反対側の『はんぶん食堂』へ。
もちサッポロのお店で
いつもバンドメンバーと行く
ホルモン屋と同じ系列らしく
もつ煮が美味い。
それからナムルにちぢみ、
マカロニサラダも美味かったな。
2時間ほど呑んで
品川から花束持って合流してくれた
しずを駅でつかまえ
仕事終わりのありんこちゃんとも
合流してバー『イルチェロット』へ。
丸い氷のうかんだロンサカバを
バニラスティックでかき混ぜながら。
意外なメンバーに
お祝いしていただき
忙しい4月も終わり。
ありがとうありがとう。
GWはお家主義。
若干荒れてるし
テレビも買わなきゃね!
そう思いつつ
とりあえずまずは寝坊だーと
だらだらしてたら外はいー天気!
やっぱりじっとしてらんないや。
黄金週間のスタートは
プールから。
1時間ほど泳ぐ。
新しいあたしの1年のはじまり
水の中で脱力して
無心になろうって。
去年は
ひとついやなことがあったから。
そんなことは水に流したいのだ。
たくさんいいことがあったのにね、
なんでやなことってのは
いつまでも心にしみを残すんでしょう。
たまに神様をうらむよ。
なんて
うじうじするのはやめたいのだ。
明日も泳ぎに行くかな。

人の分岐点に想うコト

きのうの夜中に。
F子が車でやってきた。
ダンボールに入った皿やワイングラス、
厨房の細々した道具など、
麻布十番『Solana』で使っていたもの。
フリマでもやって処分しようと思うので
それまで預かって欲しいという話で。
そう、F子が経営していた
あたしの大好きなレストランが
27日に閉店してしまったのだ。
27日にはいつもの
中高の呑み友連が7人も集まり
貸切状態で最後の夜を。
あたしは話に夢中になって
すっかり酔っ払ってしまい
貴重な最後の夜を
ほとんど赤ワインだけで
過ごしてしまったことは
ちょっと後悔なんだけど。
思えば
彼女が店を開店したのは
おととしの10月
40歳を迎えて
宙ぶらりんな自分について
現在過去未来
思いをめぐらしてる中
具体的にがつんと夢を叶えた彼女が
かっこよくて
友人として誇らしくて
すごくうれしかった。
彼女が口説き落とした
Iシェフの料理が
バツグンに美味しかったのも
あるけれども
がんばってる彼女を応援したくて
足繁く通っていたんだけど。
ほかの仲間も近い想いを持っていたのか
また知り合いの店ということで
居心地がいいこともあってか
今まで以上に
顔を合わせる機会が増えて
おかげ様で
わずか1年半の間に
圧倒的にみんなの距離が
縮まったことも感じてる。
そういう意味でも
あの店には感謝しているし
みんなにも思い入れが
あったんじゃないかな、と。
きのうも何人か手伝いに行ってたみたいだし。
あたしも
店を閉めた次の28日には
休みをとって
夕方からでかけた。
掃除でも、と
思っていたら
ビールがふるまわれ
処分する食器や調理器具を
テーブルに並べつつ
ちゃっかり一番乗りで
欲しいものいろいろ
頂くことに。
ワイングラスに
揃いのお皿に
ソースパンなど。
おまけに
残り野菜で
フリットまで作っていただき
最後は店主と店主の友人と
三人で贅沢な飲み。
ひとりで店を出して
ひとりでたたんで
どんな心境だったろうかと
なるべく手伝えることは
したいと思ったけど
結局協力できたのは
「一緒に飲むこと」とは
しょうがないねぇ、あたし。
あくまでも
これも人生のステップと
言い切る彼女の強さを
リスペクトしつつ、
ああいう美味しいものに
出会わせてくれ
大切な友人との関係を
色濃くしてくれたあの店のことは
あたしの中でも大きな存在でした。
感謝します。
ありがとう、Solana!
お疲れ様。
またいつかどこかで。
結局今月は6回お邪魔しました。
書ききれてなかった記録を。
4/16 ☆とYどんと。
①A4~A5和牛とアボカドのタルタル、
ガーリックトーストと一緒に
②万寿貝、魚醤あぶり
れんこん、インカのめざめ、たけのこ、貝
これ、すんげー美味かった!!
すばらしきハーモニー♪
③春の山菜いろいろフリット
クワトロフロマージュソース
今月はまってたのみまくった・・・
空豆のほくほくが特にすごかったな~
④和牛ホルモン
ぴり辛トマトソース
⑤ウニのスパゲティ
⑥和牛ほほ肉と春キャベツ
あっさりポトフ仕立て
4/22 ☆とT久さんと。
①いちじくグリーンアスパラ
フルーツトマトとプロシュートの一皿
軽い山羊のチーズのソースで
②ホロホロ鳥白レバーと鴨のフォアグラ
ムース仕立てパテ
紅玉のソースと
③和牛とアボカドのタルタル
ガーリックトースト添え
④春の山菜いろいろフリット
クワトロフロマージュソース
⑤ホワイトアスパラと新じゃがいも
ズッキーニのパンチェッタチーズ焼き
⑥春野菜と生のりのリゾット
ほかでは絶対にない!
忘れずに覚えています~~~~
夜中に二人で
ダンボールを運びつつ
「誰の手も借りずにこんなことしてるから
私たちはねー!」
なんて言ってたけど
それがなくてはきっとあたしたちらしくなくって
そうでない道は無理して歩く必要は
ないんだと思う。
いじけたり、あきらめたりしないで
毎日ちょっとでも前進して
自分の中の光をたやさないでいれば
希望は叶えられると思おうよ。
人の分岐点に立ち
勝手に想う。

朝に夜のワルツを想う

朝の準備をしながら
家で聴いてるJ-Waveで
一週間一枚のアルバムを
紹介するというコーナーがあり
今週はショパンが流れてる。
クラシックなんて
てんで不案内なあたしだけど
ピアノはジャズよりも
クラシックのが好きなんだ。
今年も正月に
実家に行った時に
一年ぶりにピアノを弾いた。
数年前にピアノを始めた母にせがまれて弾くのが
恒例になっているのだけど。
ここんとこ。
ピアノの上に載ってる楽譜から
適当に弾いてみる。
小学生の頃弾いた曲もあるし
母のレベルならまだ
初見でもまあまあいける。
「いいわねぇ、それだけ弾ければ」
不協和音もとなりの部屋には届かないのか
台所にいる母から
そんな声をかけてもらうが
実際弾いてる方は結構必死なのだ。
途中ところどころとまる
思考時間も「ため」に聞こえてたりして。苦笑
「人に聞かせるためじゃなく
自分が楽しめるくらいにはね、
弾けるようになったらいいわね」
あ、そっか。
ここで弾くピアノが楽しいのは
そういうことなのだ。
発表会のためでも
レッスンの前に先生に怒られないように
練習するのではなく
ピアノの音を鳴らしたいから弾くって感覚。
今更ながら
納得。
4歳から14歳まで
ほとんど間をあけずに
ピアノを習っていたはずなのに
まったく上達せず
今も人前に弾くほどの腕はない。
練習がいやでいやで
たまらなかった。
だけど
マンガの影響で弾きたいと思った
ショパンの「ノクターン」。
これだけは自分で
ピアノピースという一曲買いの楽譜を買って
家で息抜きに弾いていた。
だから
「次はこの楽譜を買ってらっしゃい」
といわれたのがこれ→
だった時はうれしくて
少しはがんばった気がする。
「ノクターン」もたしか
その後課題曲になったと思う。
たしか
手元にあるはずだから
来年の正月は持っていって
実家で弾いてみようかと思う。
自分の「楽しみ」のためにね。
でも
こんなこと書いてると
なんだかその楽譜さえあれば
正月にはショパンがすぐにでも
弾けるような気持ちになってはいるけど
まあそんなわけもあるはずがなく
やっぱ「幻想」に終わるのかな。
結局たどりつけなかった
この楽譜の最後の曲みたいに。

イタイとこ突かれた正月

あけましておめでとうございます。
年賀状くださったみなさま
ありがとうございました。
今年もサボってしまいました。
昨年のブログを読むと
年賀状書くの今年の目標!なんて
書いてるのにね・・だめやん。
そのうちゆっくり返事を書きます。
メールの方もしかり。
おみくじは吉でした。
うせもの、待ち人、恋愛、縁談、
結構いいこと書いてあったけど
総合運のところには
「運勢はとても良いが
心が弱く生活が乱れがちなので
まともに暮らすように」
というようなことが書いてあって。
まるであたしの生活を
言い当ててるようなお言葉。
うー、反論できず!
でも心が強くなるには
どうすればいいんでしょうね。
「あんなもの」
新年早々見せられたら
心も弱くなるわい、神サン!
ま、それを乗り越えて行けっていう
究極の試練ですかね。
うん、これ書いてるだけ
よしとしよう、自分。
大丈夫大丈夫
去年は、泳ぐ、漕ぐなど
始めたいと思っていたことが
始められてよかったかな。
あと低山部とかね。
今年も何か始めたいねー。
そうそう、あと
日本でいってない県、
福井、岐阜、宮崎、沖縄の
どれかをつぶしときたいかな。
今しかできないこと
今だからできること。
どんどんやってきましょう。
しかもかっこよくね。
それには・・・
やっぱ心が強くなきゃいかんね。
おみくじさん、ありがとよー!
・・上の写真は、リビングに飾った
 東京タワーの木版画。
 ちょっと正月っぽくねぇ?